おのれはひとり生き残るのじゃ。死んではならぬ・・
赤穂浪士による吉良邸討ち入りに足軽身分からひとり参加した寺坂吉右衛門は、討ち入りの帰路、大石蔵之助から、脱出することを命じられた・・・。ひとり生き証人として生き抜くことを命じられた吉右衛門のその後半生を描いた連作短編。打ち入り直後、1年後、3年後、16年後を描く計4編からなる。 士分ではなく足軽という一段下の身分であることから来る差別、途中、再仕官や個人的な幸せを掴む道も有り得たにも関わらず、ひたすら孤独に使命に殉じた男の生き様を、著者は硬筆な筆致で描いていく。その厳格な描き様はなんとももどかしく、愛想のなさを通り越し、もっと報いてやってもいいのではないかと感じたほど。 最終章、吉右衛門と同様、大石蔵之助から使命を与えられ討ち入りに加わらなかった男たちの存在が明らかになっていくシーンは感動的・・。 死んでなお影響を与え続けた大石蔵之助の深慮遠謀と、一方で孤独な使命に後半生を殉じた男の生き方が印象的・・。
12月以外に読むべき「忠臣蔵もの」の秀作
いつ読んでも感動するが、深沈たる冬の夜にひもとけば、いっそう胸を打つ秀作。価値観の激変が著しい昨今だが、今もって毎年12月になると赤穂事件関係の話題が世に現れる。だが、それも14日の吉良邸討入りまで。やがて日々の現実の中で忘れられ埋もれてゆく。この作品はまさに、その後の歳月に埋もれた「四十七人目の男」寺坂吉右衛門の、12月15日以後の長い半生を扱った連作である。「忠臣蔵」の呼称を産んだ浄瑠璃狂言「仮名手本忠臣蔵」以来、足軽以下の身分だった寺坂に焦点を当てることで事件の重層的意味、集団劇の奥行きを活写した先行作は少なくないが、本作のように大石内蔵助の器量、深謀を大いに称揚しつつも、決行以後その大石の厳命に従って生き永らえることがいかに悲惨で苛酷であるかを、様々な側面から描き尽くした作品は希有であろう。身分と意地の狭間に揺れる寺坂の煩悶は、赤穂事件に取材した虚構の設定を超えて、今を生き悩む現代の我々の姿に通ずる。名誉ある死は美しく、残余の生は痛ましい。だが、我々はその痛ましさを抱きつつ、孤独と憧憬の隘路を彷徨いながら生きていかなければならない。 12月に限らずいつでも、いつまでも読み継がれるに値する作品だ。こみあげる感情はいったん霜のように凍えさせられるが、読み進むうちにやがて熱い涙によって溶かされるだろう。
新潮社
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